<旧宮崎村は北朝鮮にそっくりだった>

陶芸村
私の生まれたところは武生から山一つ超えた旧宮崎村で
のどかな里山でした。越前陶芸村と言ったほうがわかり易
いかもしれません。

ところが旧宮崎村の村長というのが、10期40年旧宮崎村
に君臨したとんでもない独裁者でした。

子飼いの建設業者を集めて飲食を重ね、村長は立派な
人だと噂を流す。例えば自分の山の木を全て切って村
に寄付をして村の財政を支えている、とか。
 
 (マスコミの寿し友と同じ)

頭の悪い村民は本当だと信じてしまう。しかし調べてみる
と全くの嘘。

寿し友
何故嘘を流すかというと業者は仕事が欲しいから。村長は
無投票を続けて長期独裁を続け利権を独占したいから。

反対派の家に行く道はわざと舗装しない。反対派の勤め
ている会社に行って解雇するよう社長に圧力をかける。

反対派を孤立させて強制代執行を繰り返す。
反対派を呼び出して大勢で囲んで脅す。

時には土建業者を使ってダンプで幅寄せして事故を起
こさせる。

こんなことを繰り返していたから、反対派はほとんどいな
くなり、汚職を繰り返す。それでも怖いので反対派が出
てこない。

マスゲーム
旧宮崎村は福井の北朝鮮と呼ばれていました。

そんな北朝鮮の様な旧宮崎村でも、選挙で流れが一変
しました。

10期目の時、久しぶりに選挙になって反対派が負けたけ
れども、村に反対派が出来た。

次の選挙の時は反対派が勝って、北朝鮮の様な旧宮崎村
が、のどかな里山に戻った。私が若い頃の実話です。

やはり民主主義を守るには選挙が大事だし、ごまかされない
ために集計機械でなく手作業で行うべきと思います。

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